Date: 1998
Author: Matsuo Sawahashi
Type: IBM Professional Paper
Prize: Excellent Winner
IBM2220によるプライベートISDNネットワークの構築
要約
本論文では、全世界で初のIBM2220によるプライベートISDNネットワーク構築を通じて、広域内線網設計や実装及びその考慮点についてまとめている。
B-ISDNを担うATM交換機として発表されたIBM2220は、TDMに代わる新しい音声、データ統合ネットワークの構築を可能にした。音声、データ統合ネットワークの構築に関する論文はすでに各所から報告されているが、ここではIBM2220が持つ音声ソリューションに焦点を絞り、IBM2220の種々の音声サポート機能の中からより優れた音声サポート機能であるISDNサポートについて言及している。なぜISDN機能は優れているのか、それぞれの方式を具体的な例を参考に比較して検討している(第3章)。そして実際にIBM2220でISDNを定義する方法を説明し(第4章)、最後にプライベートISDN網を構築する際にあらかじめ考慮しておかなければならない考慮点について述べる。もちろん、その現実的な解決策も提供する(第5章)。
キーワード : IBM2220 音声 ISDN
目次
1
はじめに..................................................................................... 3
2 音声の伝送技術........................................................................... 4
3 IBM2220の音声サポート................................................................ 6
3-1 従来からサポートされた2つの音声伝送方式............................................ 6
3-2 IMN.................................................................................................. 8
3-3 ISDN................................................................................................. 8
3-3-1 Numbering(番号計画)................................................................. 9
3-4 どの音声ソリューションを選択するか...................................................... 10
3-4-1 比較........................................................................................... 11
4 IBM2220によるプライベートISDN網の構築...................................... 14
4-1 番号計画........................................................................................... 14
4-2 PBXインタフェース............................................................................ 15
4-3 IBM2220の設定............................................................................... 15
5 プライベートISDN網構築の考慮点.................................................. 17
5-1 内線・外線区別の問題........................................................................ 17
5-1-1 解決策....................................................................................... 17
5-2 ISDN実装の違いによる予想外の振る舞い............................................ 18
5-2-1 ISDNにおけるリングバックトーン生成の仕組み............................... 18
5-2-2 解決策....................................................................................... 20
5-3 FAX................................................................................................. 20
5-4 音声レベル・エコー............................................................................. 21
6 おわりに................................................................................... 22
1 はじめに
ISDNをプライベートに構築できる?一体何を言っているのであろうか。日本でISDNと言えばNTTのINSネットと言い換えられるが、インターネットのアクセスやオンラインのバックアップ回線などで利用される公衆網というイメージだ。ところが、このISDNを企業内ネットワークつまり自営網(プライベートネットワーク)として構築することができるのだ。プライベートISDNネットワークという全く新しいソリューション(想像がつかないかもしれないが)、それはIBM2220というATM交換機によって実現できる。
B-ISDNを担うATM交換機として発表されたIBM2220は、TDMに代わる新しい音声、データ統合ネットワークの構築を可能にした。TDMは一本の回線を時間で分割して、ディジタル化された電話、データを多重に伝送する技術である。これによって高価な専用回線を集約でき、通信コストを低減することができた。しかし多重化された各回線は固定的な割り当てであるため、使用していない回線があってもそこを別の回線として使用することができなかった。これに対してATMはディジタル化された音声も、データも全て53バイトのセルと呼ばれる小片に分割されてATM交換機によって高速に交換、転送される。従って空いている回線があれば、別の回線が使用することが可能になり、これによって統計多重効果を得ることができる。
IBM2220はその発表当初から音声をサポートしてきたが、それはTDMからの置き換えを年頭とした音声サポートであった。1997年にIBM2220はISDNのサポートを実装した。この時点で初めてIBM2220は音声の中継交換機能を持つことになり、よりいっそう音声、データ統合ネットワークを効率よく構築することができるようになった。
本論文では、IBM2220の音声ソリューションに焦点を絞り、IBM2220の種々の音声サポート機能の中からより優れた音声サポート機能であるISDNサポートについて言及している。なぜISDN機能は優れているのか、それぞれの方式を具体的な例を参考に比較して検討している(第3章)。そして実際にIBM2220でISDNを定義する方法を説明し(第4章)、最後にプライベートISDN網を構築する際にあらかじめ考慮しておかなければならない考慮点について述べる。もちろん、その現実的な解決策も提供する(第5章)。
当論文によって多くのエンジニアがIBM2220のISDNサポートの優位性を理解され、より多くの音声、データ統合ネットワークの導入につながっていくことを期待している。
2 音声の伝送技術
この章ではどのように音声がディジタル化されてネットワークを伝送されるかについて基本的な技術の説明を行いたい。
アナログ信号の音声はA/D(アナログ/ディジタル)コンバータを通してディジタル信号化される。一般的に音声のA/Dコンバータとしてよく用いられる規格としてITU-TのG.711(PCM)が有名である。PCMではアナログ音声信号を1/8000秒毎にサンプリングし、各サンプリング毎に8ビットのディジタル信号に変換する。つまり 8 [bit] × 8,000 [1/s] =
64 [kbit/s]のデータ通信速度で伝送される。このサンプリング間隔はどのように決まるのであろうか。電話は、人の声を伝達するのに必要な300~3400Hzの周波数帯域を占有する。これをサンプリングする際に、その信号に含まれる最高周波数の2倍の間隔でサンプリングすることは標本化定理で導かれている。従って、4000Hz×2=8,000Hzつまり1秒間に8,000回サンプリングを行う。
多重化
PCM信号を複数束ねてより高速な回線を通すために時分割多重化(TDM)という技術を使う。TDMは多重に伝送しようとする信号を非常に短い時間に割り当てて同一回線上に伝送する通信法式である。先に説明した通り、音声信号を伝送するためには8,000Hzでサンプリングするので125μs毎に同じ人のパルスが回ってくる。多くの信号を多重化する場合は、伝送速度を早くして1チャネルのタイムスロット間隔(125μs)を維持しなければならない。日本、USでは1回線で24チャネル(24人分)の音声を伝送する方式がPCM24として採用されている。ヨーロッパでは30チャネルの音声を伝送するPCM30という方式が採用されている。さらにこれらを複数回線分多重化して、二次群、三次群と階層化した高速PCM方式も実用化されている。
ISDN
ISDNは音声だけでなくデータ転送などの非音声伝送もサポートしたオンデマンド型のネットワークである。ISDNは全てディジタル伝送である。ISDNはIインタフェースというユーザ・網インタフェースを世界的に統一し、これによって音声、FAX、データ全てを一本の通信回線に流すことを可能にしている。Iインタフェースの基本的な考え方として、Iインタフェースを設定する点を示す標準構成と、インタフェースの構造がある。[i]
Iインタフェースの標準構成
端末とネットワークの接続形態をモデル化して、標準化すべき規定点を定めている。Iインタフェースのユーザ・網インタフェースを規定する点は下図のT点である。Iインタフェースの構造
規定点でのレイヤ1には基本速度インタフェース(BRI : Basic Rate Interface)と一次群速度インタフェース(PRI : Primary Rate Interface)の2種類のインタフェースが規定されている。BRIは2本のBチャネル(音声・データ用64kbps)と1本のDチャネル(制御用64kbps)を多重化している。PRIは23本のBチャネル(音声・データ用64kbps)と1本の64kbps(制御用64kbps)を多重化して1.5Mbpsの回線の中を通している。PRIは他に、24本のBチャネルを束ねる方式もある。
この中でIBM2220がサポートするのはPRIの23B+D方式である(下図)。
図 2 一群速度インタフェース(23B+D)の例
3 IBM2220の音声サポート
IBM2220を使用した音声ソリューションには次の2つの方式が考えられた。
- IBM2220本体の音声サポート機能を使用する
- IBM2220外付け音声モジュール(IMN)を使用する
IBM2220本体の音声サポート機能ではCCS及びCASが利用できる(次節参照)。ただし交換機能を持たないため、ディジタル1リンク構成[i]をとるためには、すべてのPBX間にコネクションを張る必要がある。IMNはこれをカバーするために交換機能を持っている。
1997年12月にリリースされたV2R1という新しいコードはさらに次の機能をサポートした。
- ISDN
3-1従来からサポートされた2つの音声伝送方式
2つのPBX間でデータを交換する方式には次の2つの方式が存在していた。
(ISDNサポート以前)
- CCS (Common Channel Signaling
- CAS (Channel Associated Signaling)
CCSは透過方式とも呼ばれ、2つのPBX間の伝送路は1本の回線でなければならない。回線の種類としては1.5MbpsのT1や2MbpsのE1が利用できる。T1やE1の各チャネルはそのまま相手先PBXの同じ位置のチャネルに接続する。
図 3 CCS
CASはT1やE1のチャネル毎に別々のPBXと接続することができる。つまり1本の物理回線で複数のPBXと接続することが可能である。CASには帯域固定のPermanentモードと動的に帯域を変えられるDynamicモードがある。
IBM2220でのCASは交換機能を持たない。そのため全PBXを1ホップで(これを1リンクと呼ぶ)接続するためには、メッシュ状のコネクションを定義する必要がある。
図 5 メッシュ状のコネクション
1リンクでの接続の必然性は、音声圧縮時の音質劣化を防ぐところにある。IBM2220でサポートされる音声圧縮方式にはGSMとADPCMがあるが、GSM方式の高効率な圧縮により無圧縮時64kbpsの帯域が15.2kbpsに圧縮される。この方式では圧縮、伸張は1回が限度である。従って、1リンク構成は必然となる。1リンクよりリンク数を増やすためにはADPCMの32kbps圧縮が有効である。
圧縮率を高めて(回線効率を高めて)メッシュ状のコネクションを張るか、圧縮率を抑えて(回線効率を犠牲にして)タンデム接続するか選択することになる。
以上をまとめて、さらに条件を加えると下表の通りになる。
|
CCS Transparent
|
CAS Permanent
|
CAS Dynamic
|
シグナリングプロトコル
|
CCS
|
CAS
|
CAS
|
透過的
|
Yes
|
Yes
|
No
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インタフェース
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T1/E1
|
T1/E1/TTC2M
|
T1/E1
|
1インタフェースで複数の
宛先PBXへ接続できるか
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No
|
Yes
|
Yes
|
動的な帯域割り当て
|
Yes
|
No
|
Yes
|
表 1 CCS/CASの比較
3-2IMN
IBM2220の音声サポートを強化するために、外付けモジュールとしてIMN(Intelligent
Multi-Media Node)がある。
IMNの特徴として以下の項目が挙げられる。
- アナログPBXインタフェースのサポート
- 高圧縮(LD-CELP(16kbps)、CELP(8kbps))のサポート
- 中継交換機能のサポート
IBM2220にIMNを付けて構成する場合には次の2通りの方法が考えられる。
一つはIBM2220でネットワークを作り(NBBS[ii]
Network)、周辺にIMNを付け、PBXのアタッチメントとする考え方。この場合、IBM2220はIMNに対して回線エミュレーションサービスを提供する。
もう一つはIMNでネットワークを作り、IBM2220はIMNの提供する専用回線を使用するという考え方である。この場合、音声はIBM2220を通過しないため、音声をIBM2220の持っている統計多重効果やATMメガリンク[iii]接続などを利用できない。現実的な構成としては前者の方式になると思われる。
3-3ISDN
ネットワーク構成
「2 音声の伝送技術」で説明した通り、ISDNではユーザ側装置とネットワーク側装置の接続形態をモデル化している。IBM2220はこのモデルの中でどのような構成をとることが可能であろうか。
IBM2220は次の2種類の構成をとることが可能である。
- プライベートネットワークの提供(Tインタフェース)
- NT2サポートによる公衆網アクセスの提供
プライベートネットワーク機能を用いるとPBXに対してプライベートなISDN網を構築できる。その際、IBM2220はTインタフェースのネットワークサイドを提供し、PBXのTインタフェースと接続する。
図 8 プライベートネットワークの提供
NT2機能のサポートにより、IBM2220はTインタフェースのユーザーサイドも提供できる。つまり、IBM2220をNTTのINSネットに直接接続することが可能となる。
図 9 公衆網アクセスの提供
Iインタフェースの構造
ISDNのIインタフェースにはBRIとPRIがあることは「2 音声の伝送技術」で説明した。IBM2220がサポートするISDNのIインタフェースはPRIである。23本のBチャネルと1本のDチャネルを提供する。これはNTTが提供するINS1500サービスのユーザ・網インタフェースと同等である。
3-3-1Numbering(番号計画)
ISDNの電話番号は最大15桁のISDN電話番号と最大40オクテットのISDNサブアドレスで構成されている(ITU-T
E.164)。このうち、ISDN電話番号は、番号をどのように扱うかによって、E.164、PNP、unknownの3つの番号計画が定義されている。
E.164は公衆ISDN網と接続する場合に利用され、電話番号を国際/国内/地域の3段階に分けている。ある番号がどの階層に属しているかはType of Number(TON)によって識別される。
PNP(Private Numbering Plan)はプライベートISDN網で利用され、独自に定義することが可能。電話番号はレベル2地域/レベル1地域/ローカルの3段階に分かれている。同じくTONによって識別される。
Unknownは電話番号をE.164やPNPのように体系立てず、ただ番号の羅列として認識する方式である。ほとんどのPBXがサポートしている方式でもある。NTTのISDN網(INSネット)もこの方式を採用している。
IBM2220の内部では国際レベルでのE.164又は完全なPNPを採用しなければならない。ほとんどのPBXはE.164やPNPをサポートしていないので、UnknownからE.164又はPNPの相互変換を行う必要がある。これを行うのはIBM2220内部のISDNアクセスエージェントである。
3-4どの音声ソリューションを選択するか
前章で説明した通り、IBM2220の音声ソリューションには次の3つの方式がある。
- CCS又はCASを使用する
- IMNを使用する
- ISDNを使用する
項目
|
CCS/CAS
|
IMN
|
ISDN
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中継交換
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なし
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あり
|
あり
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ディジタル1リンク構成時の考慮点
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メッシュ状のコネクションが必要
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なし
|
なし
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PBXインタフェース
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T1/E1
TTC2M[iv]
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TTC2M
T1/E1
OD(アナログ)
|
ISDN (PRI)
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音声圧縮
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ADPCM(32kbps)
GSM(15.2kbps)
|
LD-CELP(16kbps)
CELP(8kbps)
|
ADPCM(32kbps)
GSM(15.2kbps)
|
表 2 IBM2220の音声ソリューション
それぞれの音声ソリューションの中で最も圧縮率の高い(回線使用効率の良い)圧縮方法を使用した場合の回線費用を比較してみたい。CCS/CASについては、「3-1 従来からサポートされた2つの音声伝送方式」で説明した通り、中継交換機能が働かないため、各PBX間をメッシュ状にコネクションを張ってGSM圧縮を使用するか、PBX側の交換機能を使ってADPCM圧縮を使用するかの2通りの構成が考えられる。以上から合計4つのパターンがIBM2220音声ソリューションの構成として考えられる。
パターン1: CASディジタル1リンク(交換機能無し)、GSM圧縮(15.2kbps)
パターン2: CASタンデム、ADPCM圧縮(32kbps)
パターン3: IMNディジタル1リンク、CELP(8kbps)
パターン4: ISDNディジタル1リンク、GSM圧縮(15.2kbps)
これらのパターンを比較する上で、コストの比較は非常に重要である。通信コストだけを見れば最も圧縮効率の高いCELPが利用できるパターン3が最も優れている。しかしIBM2220に近い高価なIMNが必要である。従って通信コストだけでなく、機器費用も含めたコスト比較をすることが必要である。
図 10 IBM2220の音声ソリューション(4つのパターン)
ここでは、ある顧客の音声・データ統合ネットワーク構築の支援をした際に検討した例をもとにそれぞれの方式のコストを比較することにする。
3-4-1比較
図 11の様な事業所構成を持つ顧客を前提として、機器費用、通信費用を比較してみたい。この顧客は埼玉、東京、栃木、大阪に事業所を持っている。事業所間の距離及び事業所規模を考えて専用回線は図の通り引くこととする。
図 11 事業所構成
まずは、専用線の回線容量を求める必要がある。回線容量を求めるためには、各事業所間でどのくらい多くの呼が発生するかがわからなければならない。呼というのは通信のために電気通信設備を占有する現象のことを言う。1時間当たりの呼が占める割合を呼量と呼び、アーランという記号で表示する[ii]。呼量はNTT等の電気通信設備会社にトラフィック調査を依頼することによって知ることができる。この顧客の各事業所の呼量は表 3左の通りである。
事業所毎に合計した呼量をもとに、即時式完全群負荷表(呼損率5%)を引くと表 3右の回線数が求まる。これは100回電話をかけて95回は電話がつながるために必要な回線数である。表から例を挙げると、栃木-埼玉間では10回線必要であることがわかる。なお、埼玉の回線数は専用線の回線容量を求める際には不要である。なぜなら図 11で見てわかる通り、埼玉を中心に専用線を引くことになるからである。この回線数はパターン2~4の回線容量の計算に使用される。
回線数がわかったら、次は各パターン毎に 回線数 × 帯域 を計算して回線容量を求める。回線容量にIBM2220のコントロールトラフィックの帯域(15%)を加えた容量を満たす専用線の品目を求める。品目から回線の月額費用が決まり、その合計を比較する(下表)。
表 5 通信費用の比較
上表からパターン1とパターン2は明らかに回線効率が悪い。パターン1ではメッシュ状にコネクションを張らなければならないため、拠点数が多くなっていくと級数的に回線費用が増大してしまう。パターン2はPBX側で中継しているため、やはり拠点数が多くなると、ホップ数が多くなり、圧縮、伸張を繰り返すため音質の劣化が避けられない。従って、この2つの構成は一部の小さいネットワークを除いて今後は無くなっていくであろう。
パターン3とパターン4は前のパターンに比べると回線費用はかなり削減できるが、パターン3のIMN構成は圧縮率の高さからも最も回線費用が安価という結果が出た。
しかし、この結果はあくまで音声だけのネットワークを前提に計算されている。この上にデータが統合された時、次の4つの観点から、この差は著しく縮まっていくことが予想される。
- ATMメガリンクサービスのような広帯域ネットワークサービスが安価に提供されたこと
- DA1500サービスのようにビット当りの単価がどんどん低下していること
- データのネットワークに占める割合は益々増大していること
- 音声の帯域は従業員数が伸びない限りあまり変化しないこと
回線に占める音声の割合は次第に減っていき、相対的にデータの割合が増える。さらに広帯域ネットワークも価格が下がっていくことになる。従って、IMNという機器の費用を回収するだけの回線コストきり下げが可能であるかというと疑問に思わざるを得ない。
4 IBM2220によるプライベートISDN網の構築
IBM2220でISDN網を構築する際に検討しておかなければならない項目を以下に挙げる。
- 番号計画
- チャネル数
- 音声圧縮の有無と種類
- エコーキャンセラーの有無
プライベートISDN網の構築における番号計画とは、企業の内線網の電話番号体系を計画することである。広域内線網をこれから構築する企業でも内線電話はほとんどが利用している。複数の事業所間で電話番号が重ならないように事業所番号を計画したり、広域内線を外線、内線と区別するために特番を計画する。チャネル数は「3-4-1比較」で算出したように呼量を求めて必要チャネル数を計算する。チャネル数によって回線の容量やPBXとのインタフェースの数が決まってくる。音声圧縮を行うかどうか、またどの種類の圧縮を使用するかは、音質劣化の許容と回線費用のバランスを考える必要がある。IBM2220で音声圧縮を行った場合は、音声圧縮処理による遅延の影響からエコーキャンセラーが必須となる。
ここでは前章で参照した顧客の事例にもとづき、具体的にISDN網構築までのステップをまとめる。ここで次のような前提条件を与える
- 既に各事業所にPBXが導入されている。従って事業所番号等の番号計画は既に決まっている。
4-1番号計画
4つの事業所それぞれに2桁の事業所コードが割り当てられている。各事業所の内線番号は4桁ないしは2桁に設定されている。他の事業所へ電話をかける時は、特番(各事業所毎に設定されている広域内線用の番号)、事業所コード、内線番号の順にダイアルする。例えば埼玉事業所から東京事業所の4001に電話をかける時は、“9-20-4001”とダイアルする。PBXは特番を取って、残りの番号をIBM2220へ伝送する。
図 12番号計画
4-2PBXインタフェース
IBM2220とPBXの間のインタフェースについて説明する。「3 IBM2220の音声サポート」で説明した通り、IBM2220がサポートするISDNのユーザ・網インタフェースはPRIである。従ってPBX側にもPRIインタフェースを搭載する必要がある。参照顧客の埼玉事業所を例にとって、PBXベンダにどのような接続仕様を提出すれば良いかを示す。
プロトコル : ISDN(Q.931)
物理層 : PRI
コネクタ : ISO10173(Iインタフェースのモジュラジャックを用意してほしい)
ケーブル :
4芯 より対線
番号(発信) :
特番は送出しない
2桁の事業所コード + 2桁~4桁の内線番号を送出
番号(着信) :
60 + 4桁の内線番号
音声レベル :
送出 0dB 受信 –16dB
|
図 13 PBXインタフェース接続仕様(例)
4-3IBM2220の設定
IBM2220でのISDN定義は次の順で行う。
1)
BSP(ベアラサービスプロファイル)の定義
2)
NPT(番号計画テーブル)の定義
3)
INI(ISDNネットワークインタフェース)の定義
BSPはISDNの特性を定義する。例えばGSM方式による音声圧縮を行う、エコーキャンセラーを有効にする、といったパラメータを定義できる。
次にNPTでは電話番号の振る舞いを定義する。NPTにはONPT(Originator Numbering Plan Table)とDNPT(Destination
Numbering Plan Table)があり、ONPTではPBXから着信する番号の振る舞いを定義し、DNPTではPBXへ発信する番号の振る舞いを定義する。ここで使用している振る舞いとは、番号の変換を意味している。すなわち前節で述べたPNPやE.164、Unknownといった番号計画の種別をここで変換することができる。さらにONPTでは番号毎に異なるBSPを選択できるようになっており、例えば電話はGSM圧縮を行ない、FAXは非圧縮で通すという設定が可能である。
最後にPBXと接続するインタフェース(物理ポート)毎にINIを定義していく。INIでは使用チャネル数に制限をかける、端末をつなぐ、ネットワークにつなぐ、プライベート、公衆網、着信する番号の範囲、どのNPTを使用するか、などが設定できる。
図 14にこれらの定義例を示す。
図 14 IBM2220ISDN定義例
5 プライベートISDN網構築の考慮点
5-1内線・外線区別の問題
一部のPBXには、公衆ISDN(NTTのINSネット)に接続することのみを考えて設計されているために、いくつかの弊害が発生するので注意が必要である。以下に考えられる弊害を列挙する。
- 内線・外線の鳴り分けができない
- 外線への発信規制がかけてある端末(電話機)から広域内線に電話がかけられない
- ダイアルインでしか着信できない(3桁ないしは4桁での着信となる)
この種類のPBXは公衆ISDNへの接続を前提に設計されており、ISDNアダプタに着信する呼はすべて外線として扱われる。そのため、着信音も外線からの着信音となり、外線への発信規制がかかっている端末からはISDNアダプタ向きの電話がかけられなくなる。さらに着信時はダイアルインとして扱われ、最大でも4桁しか電話番号を受け取れない。従ってISDNから着信した呼を別のPBXに中継交換するような構成は取れなくなる。
では、このタイプのPBXとIBM2220を接続することは不可能なのか?答えはNOである。次に解決策を検討してみたい。
5-1-1解決策
ISDNを外線(局線)としてしか認識できないPBXでも、内線として認識できるアダプタ(専用線インタフェース)は持っている。そこで、専用線インタフェースと接続可能でかつISDNとの間で中継交換可能な中継装置をIBM2220とPBXの間に挿入すれば、内線・外線の区別が可能になると考えた。
図 15 中継装置
PBXの専用線インタフェースとしては次のものが考えられる。
- OD[v]インタフェース
- TTC2Mインタフェース
- SD-Iインタフェース
ODインタフェースはアナログインタフェースであり、ほとんどのPBXがサポートしているが、着信時に相手先が話中かどうかの判断がつかない。PBXの下に接続された電話機の受話器が上がっている時に、話中音が返るはずが、呼び出し音が返ってしまう。従って候補からは外れる。TTC2Mイタフェースは日本独自のPBX-TDM接続用インタフェースであるが、ODインタフェースと同様に話中監視ができないためこれも候補から外れる。残ったSD-IインタフェースはPBX同士を専用線で接続するためのインタフェースであり、ISDNに非常に似たプロトコルを採用している(JT-Q.931-a)。SD-Iは話中監視も可能であるため、当問題を解決するためのインタフェースとしてはこれ以外に考えられない。
中継装置として真っ先に考えられるのは、ISDNとSD-Iのプロトコル変換装置の様な機器である。筆者も多くのベンダを探したが、該当する装置を開発しているベンダは見つからなかった。そこで次に考えられるのは小型のPBXを中継装置として利用する方法である。
筆者はこの方式を最も実現性が高い方法と考え、中継PBXの選定を行った。しかし、このような接続形態は通常の電話網では考えられないため、どのPBXメーカーも実現性については確約してもらえなかった。そのような状況下で日立製作所から実機での接続テストを含めて支援頂けるという話をいただいた。そして実際に日立製作所の工場にIBM2220を持ち込んで接続テストを行った。結果として、当問題を解決することが確認され、問題が発生した顧客にも中継PBXを導入して問題解決することができた。
図 16 中継PBX
5-2ISDN実装の違いによる予想外の振る舞い
PBXなどのISDN接続機器を設計する際は、ISDNレイヤ3のユーザ・ネットワークインタフェース仕様(Q.931)を実装する必要がある。Q.931はISDNの網と端末の間の呼制御手順などが記述されており、必須のパラメータとオプションのパラメータが存在する。NTTのISDNサービスであるINSネットも当然、Q.931の中から必要なパラメータを選択して仕様を作成している[iii]。
しかし、このオプションパラメータがIBM2220とPBXを接続する際に予想外の振る舞いを起こすことがある。以下に実際に問題の発生した事例をもとに説明する。
問題の発生したPBXの種類 : NTT製 EP23
障害の内容 :
リングバックトーン(呼び出し音)が鳴らない
この障害はEP23の下に接続された端末(電話機)からIBM2220で構成したプライベートISDNネットワークを経由して別の事業所に広域内線電話をかけた時発生する。電話番号をダイアル後、相手が受話器を取るまでの間、発信者側の受話器から呼び出し音が全く聞こえず、無音状態が続いてしまう。
なぜこのような現象が発生したのか、まずISDNにおけるリングバックトーン生成のメカニズムから説明する。
5-2-1ISDNにおけるリングバックトーン生成の仕組み
ISDNにおいて、ユーザが受話器を取り、ダイアルして相手が受話器を取るまで(着信するまで)の流れを以下に示す。
図 17 リングバックトーン
通常ISDNでは、ダイアルしてから相手先が受話器を取って通話状態となるまで、発信者側のPBXがリングバックトーンを生成する。リングバックトーンを生成するタイミングは、上図の「呼出」メッセージを受け取ってからとなる。この動作はQ.931の必須パラメータのみで実装された振る舞いである。
ところが、NTTのINSネットはこの振る舞いとは異なり、Q.931のオプションパラメータを使用して、網がリングバックトーンを生成するという方式を提供している。網は「呼出」メッセージを送出した後、Bチャネル(音声チャネル)を開いてリングバックトーンを送出する。この時、「呼出」メッセージのオプションパラメータである「経過識別子」(下表)にBチャネルを利用して信号が送出されることを示すフラグがセットされる。
パラメータ
|
方向
|
種別
|
情報長(オクテット)
|
プロトコル識別子
|
両方向
|
必須
|
1
|
呼番号
|
両方向
|
必須
|
2~*
|
メッセージ種別
|
両方向
|
必須
|
1
|
伝達能力
|
両方向
|
オプション
|
4~12
|
チャネル識別子
|
両方向
|
オプション
|
2~*
|
経過識別子
|
両方向
|
オプション
|
2~4
|
表示
|
n → u
|
オプション
|
2~34
|
シグナル
|
n → u
|
オプション
|
2~3
|
高位レイヤ整合性
|
両方向
|
オプション
|
2~4
|
*は最大オクテット長を既定せず、網又はサービスに依存していることを示す
n → u は網からユーザへの方向を示す
表 6 Q.931「呼出」メッセージ内容
INSネットに接続するPBXはこの経過識別子を見てBチャネルを開けば、網からリングバックトーンが聞こえるため、PBX自ら音を生成する必要は無くなる。INSネットに接続することだけを前提に設計された一部のPBXには、自らリングバックトーンを生成するというO.931の基本的な動作をサポートせず、網からリングバックトーンをもらう構成になっているものが存在するということである。そして、実際に問題となったNTT製EP23型PBXも網がリングバックトーンを生成すると期待するタイプのPBXだったのである。IBM2220はQ.931の必須オプションを前提に設計されているため、このようなタイプのPBXと接続するとリングバックトーンが聞こえないという問題が発生する。
では、網がリングバックトーンを提供することを前提に設計されたPBXとIBM2220を接続することは全く不可能なのか。これも答えはNOである。
5-2-2解決策
内線・外線区別の問題と全く同様に中継PBXを間に挿入することによってこの問題は解決する。網がリングバックトーンを生成する代わりに中継PBXがリングバックトーンを生成するのである。
前節の解決策と同様に日立製作所の協力により、実機での試験を行ない、この解決策が有効であることが確認された。
5-3FAX
図 18 IBM2220のFAXサポート
IBM2220がサポートするFAXの転送レートは9600bps又は2400bpsである。最近のFAXは高速化が進んでおり、14400bpsをサポートするFAXも珍しくない。このような高速FAXでも速度調整が自動的に行われ、接続先が高速をサポートしていなければ自動的にフォールバック(速度低減)がかかり、相手先と同じ速度でデータ転送が行なえる。
しかし、標準的な速度調停のメカニズムを無視した独自のプロトコルを採用するメーカーも存在する。例えばリコー製のFAXは「AIモード」と呼ばれる独自モードを持っており、前回接続した転送レートを電話番号毎に記憶している。初めて広域内線網を整備する顧客であれば問題ないが、途中からIBM2220の音声圧縮を利用するようになった場合、過去に14400bpsで接続したことを記憶しているため、9600bpsへのフォールダウンを行わない。このためFAX送信が全く行なえないという問題が発生する。
この問題を解決するためには、「AIモード」を無効にする必要がある。
5-4音声レベル・エコー
音声レベルの調整はPBX側で行うが、ISDNによる広域内線網の構築の場合は比較的簡単になる。なぜなら、全てのPBXは必ず1ホップ(ディジタル1リンク)で接続されているため、1対1で音声レベルを調整すれば済んでしまう。さらに、IBM2220間はディジタルであるため0dBで伝送され、劣化が全くない。
音量調整はPBXの送信、受信それぞれで調整できるが、通常は送信を0dB、受信を-16dB程度下げることによって良好な音量を得られる。しかし旧式のPBXは音声レベルの調整できないものもあるため注意が必要である。旧式のPBXではNTTのINS1500サービスに接続することだけを考慮しているため、音声レベルが調整できなかったり、大きく下げられない場合がある。音声レベル調整ができないPBXが一つしかない場合は、その他のPBXで送受信レベルを下げることによって多少は改善できる場合がある。
IBM2220で音声圧縮を利用する場合、DEC(ディジタルエコーキャンセラー)は必須である。音声の圧縮・伸張を行うために、遅延が発生するためである。DECを有効にしないとかなり気になるエコーが発生する。
IBM2220の音声圧縮やDECを行う機構であるVSA(Voice Server Adapter)は、そのスペックから、圧縮とDECを行うとVSA一枚当り8チャネルしか対応できない。これ以上チャネルが必要な場合はVSE(Voice Server Extension)を追加するかVSAを追加する必要がある。
6 おわりに
日本で初めてISDNの実用サービスであるINSネットが開始されて今年でちょうど10年になる。当初は用途がわからず、一体何に使うのであろうかとも言われていたが、この2から3年ほど前からインターネットの爆発的なヒットによって、ISDNの需要が急激に増大した。一方、企業もINS1500サービスを利用してPBXの局線(外線)をアナログから置き換えたり、オンライン系のバックアップ回線としてISDNを利用したりと需要が伸びている。
ISDNは電話の音声信号もFAXの画像信号もディジタル化し、一本の通信回線に流すことを可能にしている。あらゆる機器を共通の回線に接続するために、Iインタフェースというユーザ・網インタフェースを規定している。従ってIインタフェースを実装すれば世界中のISDNネットワークに接続できてしまうわけである。この優れた考え方は当然企業内のネットワークでも利用されていくであろう。今回のIBM2220ISDNサポートによる音声、データ統合ネットワークの構築もそれを証明する一つの事例となっていくであろう。
とは言うものの、日本国内のあらゆる企業で利用されているPBXは耐用年数が長いこともあり、ISDNサポート機能が比較的弱い。考慮点で述べたように、NTTのINSネットへの接続だけを考慮して設計されたPBXが多いのである。最近出荷されるPBXではそのようなことはないようであるが、プライベートISDN網構築の際は注意が必要であろう。しかし、旧式のPBXは次第に新機種へ置き換えられていくことは確かであり、否定的になる必要はない。今は過渡期なのである。
本論文は音声、データ統合のソリューションとしてISDNという一つの方向性を示している。本論文によってIBM2220によるISDNサポートの素晴らしさを理解され、横展開されていくことを希望している。
[iv] TTC2MインタフェースのサポートはCAS
Permanentモード時だけである。3-1で説明した通りCAS PermanentモードではNBBSの帯域を固定で割り当てられてしまうため、回線の使用効率が著しく悪い。
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